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56歳からのモーグルチャレンジ!

ただ今(2009年1月末)56歳と4ヶ月!
今年からスキーのモーグルに挑戦!
もしかしたら“死んでしまう”かも?!
はたしてオヤジはモーグルマスターになれるのか、
身をもって検証・紹介します!!
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アヴェマリア聴きくらべ
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    情動的な音楽は、
    どちらかというとあまり好きな方ではありません。

    つまり、聴いていて
    「情景が浮かぶような音楽」や
    「エモーショナルな音楽」は
    好きな方ではないのですが、
    カッチーニ作曲とされているアヴェマリアは、
    心が揺さぶられる曲で
    このスラヴァによるアヴェマリアは
    車の中でよく聴く曲(BGM)の一曲です。


    このアヴェマリアは
    感情を排したバッハの曲とは対極にある曲ですね。

    バッハの曲が、
    人間的なエモーショナルを一切排した(超越した)ところにある
    天の響きをそのまま表したような曲であり
    その音の一つひとつは、まさに「愛」=「天の愛」そのものである
    と感ずるのに対し、

    このカッチーニ作曲とされるのアヴェマリアは
    悩み苦しむ人間の想いと、
    そこから逃れようとして必死にもがき
    神の慈愛=アヴェマリアに縋ろうとする
    人々の必死の、言葉にならざる想い、言葉にならざる願い、
    必死さ、絶望、そしてかすかな希望、そして諦め、祈り・・
    そういうような
    人間のギリギリの必死さ、神への想い、祈りが表れていて
    思わず涙してしまう訳です。

    数あるアヴェマリアの曲の中でも、とても好きな曲です。

    皆様は、この曲を聴いて、どのように感じますか?



    アヴェ・マリア  スラヴァ

    ちなみに演奏もスラヴァ自身で打ち込みで行ったという話です。

    Sumi Jo - Caccini - Ave Maria



    コキア



    Maki Mori Ave Maria by Caccini
    坂の上の雲でも有名な森麻季さんです


    ラトビアのソプラノ歌手イネッサ・ガランテ(Inessa Galante)



    おまけ
    こちら同じイネッサさんによるライブ映像
    録音が悪くヒスノイズが気になりますが、より息づかいが直に感じられ、感動ものです!




    皆さんは、どの人が歌うアヴェマリアが好きですか?


    ちなみに、
    カッチーニのアヴェ・マリア(Ave Maria Caccini)は
    『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、

    「実際には1970年頃ソ連の音楽家ウラディーミル・ヴァヴィロフ(Vladimir Vavilov 1925-73)によって作曲された歌曲である。
    録音も楽譜も90年代前半まで知られていなかった。出典が明らかにされず、現在入手出来る出版譜は全て編曲されたもので、歌詞がただ"Ave Maria"を繰り返すだけという内容もバロックの様式とは相容れない。
    ヴァヴィロフは自作を古典作曲家の名前を借りて発表する事がよくあったが、自身が共演しているIrene Bogachyovaの1972年の録音では「作曲者不詳」の『アヴェ・マリア』として発表していた。ヴァヴィロフの没後十年を経てCD録音されたMaria Bieshu(1996)やイネッサ・ガランテのデビュー盤(1994)では作曲者が"D. Caccini"と表記され、ジュリオ・カッチーニの作として広まった。

    ・・とあります。
    びっくりですね!

    | 音楽やダンス | 15:28 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    初めまして。私はクラシックをよく聴くんですが、この曲を全く知りませんでした。
    ケガと障害が重なり、利き手不自由、左手だけになってしまい、全てを諦めて3年。そんな時に、左手のピアニストの“館野泉”さんが左手だけでこの曲を弾いていました。
    一番諦めたピアノ、左手だけでも弾けるんだと知ってからは再びピアノに向かっています。だけど、苦しくて辛くて痛くて...障害を受け入れる気にもなれなくて。だけど、現実には右手は動かない訳で...。そんな思いで聴いていたら、この曲が作られた背景が気になりまして...
    >悩み苦しむ人間の想いと、そこから逃れようとして必死にもがき、神の慈愛=アヴェマリアに縋ろうとする人々の必死の、言葉にならざる想い、言葉にならざる願い、必死さ、絶望、そしてかすかな希望、そして諦め、祈り・・そういうような
    人間のギリギリの必死さ、神への想い、祈り

    この曲への想いが一番、ピッタリきました。
    本当にこの曲はそういう曲だと想います。

    | クミ | 2016/11/17 1:10 AM |

    ヴァヴィロフがカッチーニを騙る訳や背景を想像すると色々と感慨深いものがありますね。…当時のキリスト教弾圧下でこの曲を発表するには命がけだったのではないでしょうか?
    千ドル札を帯びてソ蓮邦に入国し、国際会議に乗じて、困窮した牧師さんに対面して場内で手渡したと言う長兄の話を思い出しました。
    | Miyahara Kirio | 2015/08/11 10:25 AM |










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