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後半の斜度は緩いが、けっこう滑り応えがあり一番好き!
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札幌市内ではまぁまぁ。深雪は北壁よりもっと奥で!
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小中高時代のホームゲレンデ。実家は歩いて数分の麓にあった。
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一番近いスキー場。55才以上は割安!したけど短い!
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56歳からのモーグルチャレンジ!

ただ今(2009年1月末)56歳と4ヶ月!
今年からスキーのモーグルに挑戦!
もしかしたら“死んでしまう”かも?!
はたしてオヤジはモーグルマスターになれるのか、
身をもって検証・紹介します!!
<< 小樽のスキー | main | 56歳からのモーグルチャレンジ >>
小樽のスキー
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     私がはじめて乗ったスキーは「カンダハー」でシ。
    イエイエ、最近テロなどで話題になるアフガニスタンのカンダハーという都市のことでは、ありませぬゾ。ワイヤーでスキー靴をスキーに留めるための金具(留め具の事です。

    天狗山資料館に展示されている昔のスキー
    真ん中の赤いスキーについているビンディングが初期ホープマーカー。前方向への開放がないため私はこのビンディングで仙骨を怪我した。


     スキー板は、今のようなグラスやメタルなどはなく、単板、または合板スキーというヤツです。おまけに今のような金属のエッジは、着いていません! 金属のエッジが着いていないので、何度も滑り込んで行くうちに徐々にエッジ部分が丸くま〜るくなって行くのです!
     つまり、固い斜面、アイスバーンなどになると、それこそエッジが効かず、どんどんどんどん意に反して下へ下へとズリ落ちていく訳です。
     これが、ホントーに怖い!

     スキー靴も足首までの革製(スキーを始めた頃はゴム製だったかも)のもので、今のものに比べ腰が弱くかなりフニャフニャしています。
     そんな金属エッジもついていないエッジの丸まった単板スキーで、40度くらいの急斜面を小学生がガンガン滑り降りて行く訳ですネ。
     イヤア、今から思うと私がプロ並みにスキーが上手い、というのも考えてみれば当たり前かも。;^_^A
     などと自分の自慢はさておき、実際、私が金属エッジ付きのスキーを履くようになったのは、小学生の5〜6年くらいではなかったかと思いまする。
     金属エッジといっても、今のように幅1〜2ミリのスマートなものではなく、幅1cm位の平たい金属板がスキーの両端に“ネジ留め”されているんであります。

     ちなみに、幼稚園位〜小学生低学年位までは、よく家の前の坂道で竹スキーをして遊んだものです。
     その頃は、私の住んでいた最上町(小樽の一番上)には、まだまだ自動車など殆ど通っていなかったのです。というか、急な坂の続く小樽では、4駆がまだなかった当時、冬に坂道を登ってくる車など、無かったのです。

     その代わり、冬になると石炭を積んだ馬橇(ソリ)が坂道を上ってきます。ところが、急な坂道を登れなくて馬が立ち止まります。それを御者が鞭か何かで厳しく叱責します。馬も必死で登ろうとするのですが、なかなか登れません・・。「ああ、馬、可哀相に・・!」
     子供心に、そう強く感じことが強い印象として残っています。
     私が高校生の時には、まだ暖房は石炭ストーブで、もちろん学校の暖房も石炭ストーブなのでした。。。

     とまれ、私がはじめてグラススキーを手に入れたのは、高校生になってからです。(高校何年生か忘れた・・)
     高校の近くにある「かまぼこ工場」や、小樽の朝里にあるゴルフ場でキャディーのバイトをしたお金と、乏しい小遣いを少しずつ貯めて、小樽の「小川スキー」というスポーツショップで スカイブルー色したYAMAHAの1万円のグラススキーをホープマーカー(留め具)と共に購入したのでした。

    ※昔、小樽には独自のスキーブランド、アジアスキーというのがあった。
    小川スキーというのもあって、工場と直販ショップが小樽にあった。
    地元のスキー部の学生はアジアイレブンというスキー板を履くことがステータスとなっており、スキー部の連中は皆履いていた。


     今でも、スキーショップでその板を選んだ時の様子というか“気持ち”を私は鮮明に覚えております。それだけ嬉しかったんですネ!

     こうして新しく手に入れたおNEWのグラススキーで、高校時代は小樽の天狗山で休みのたびに新雪(深雪)に挑戦するようになりました。

     中学(バスケット)、高校(体操)と、私はスキー以外の運動クラブに入っていたので、スキーが出来るのは基本的に土曜日の午後か、日曜祝日だけです。
     だから、休みの前日などに雪が降ると、もう、前の日から、そして朝からソワソワドキドキです! もう、気が急(せ)くんでございますヨ!

     できるだけ「誰もまだ滑らないうちにスキー場へ行かなきゃいけん!」

     そしてスキー場へ行けば行ったで、昼飯も食わず、リフトが終わる午後4時まで ひたすら滑る、ガンガン滑る、というのが、私のスキースタイルでありました。文字通り「寸暇を惜しんで滑る」という言葉がぴったり!

     その後、仕事でスキーが出来なくなってからは、「ああ、もう山に雪がなくなっちゃう!」という アセアセの夢を見て目が覚めるということが、ずい分長く(10年くらい)続いたことを覚えています。

     今じゃ、さすがに ぜんぜん見ませんけどネ!
     
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    | スキーブログ(一般) | 20:08 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    全て、懐かしいお話しでした。田島恵美さん、元気かな&#10071;
    | 牛タン野郎 | 2016/11/17 6:46 AM |

    小賀坂、アジアスキーの検索からお邪魔しました。
    懐かしいお話を読ませていただきました。
    49歳ですが、私の最初のビンディングもカンダハーでした。靴はミツウマのゴム製。マーカーはM4を使いました。
    緑小学校→松ヶ枝中学。高校のスキー授業の帰り道は、最上町のバス通りをエッジの火花を散らしながら家まで帰ってました。
    | ycttim | 2010/09/24 12:04 AM |










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